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[2018.04.17]
今日まで夫はアクセサリーの買い付けのため飛行機に乗って海を渡っています。 
 
3人を1人でみるの、大変・・・。 
 
でももうすぐ帰ってきます、日常が戻るぜ!! 
 
 
前回までは主に3号の出産についてブログに綴ってきました。 
 
今回はその後、現在のbunga伊達店オープンまでを書いていきたいと思います。 
 
 
無事に母子ともに退院し、毎日を慌ただしく過ごしていました。 
 
まだ賃貸アパートに仮住まいでしたが、買ってある中古物件を早く手直しして住みたい! 
 
が、いろいろあってそう簡単には家を直すことができずにおりました。 
 
 
結局、移住後もアパート暮らし。 
さすがに、移住してきたことを否定されたみたいでちょっと凹みました(笑) 
 
 
が、そこは藤田家。逆境こそ燃える。(ほんまか?) 
 
 
産後3か月で、わたくし仕事復帰を決めました。 
 
 
職業は看護師。 
 
 
そう、わたし有資格者なのです。 
 
京都にいたころは救急、ICU、オペ室といったちょっと特殊な場所で長年勤務しておりました。 
 
そういうスキルを活かせて、かつ託児のあるところを探しました。 
 
 
ここでウルトラCともいえるミラクルが起きたのです。 
 
京都で一緒に働いていた先輩が室蘭にある病院の管理職になっていたのです!!しかも託児所つき! 
 
 
その先輩に相談したところ、パート勤務をさせてもらえることになったのです。 
 
そこで楽しく働いていたのですが、問題がありました。 
 
 
遠いのです。 
 
 
わたし3号を連れて電車で通ってました。抱っこ紐で抱っこしての通勤はこたえました。特に冬。 
 
 
その後、その病院はいったん退職。 
 
 
次にたどりついたのは伊達市内の某泌尿器科クリニックでした。 
 
 
そこでわたしはかけがえのない経験と、素晴らしい人たちに出会ったのです。 
 
 
泌尿器科のナースとして働きはじめ、思い返せば伊達に移住してきてから約2年が経とうとしてました。 
 
 
そこで素敵な友人たちができ、新たな分野で仕事をすることも楽しかった。 
 
 
そして夫もこちらでコツコツと努力した甲斐もあり、念願の住宅ローン審査も無事に通過! 
 
家は合間を見てはせっせと夫が独力でで解体してくれ 
ていたので、あとは大工さんたちにお任せするだけ。 
 
 
建設をお願いしたのはSUDOホームさん。後は完成を待つのみ! 
 
そうそう、家づくりについてはまた今度ブログにしようかと思ってます。 
 
 
そんな順調に移住後の生活を送っていたある日、夫から衝撃の一言が。 
 
 
 
「こっちでも商売やります。bungaの記念すべき4店舗目は伊達市です!」 
 
 
 
「・・・へぇ。」 
 
 
 
 
そこから、オープンまで夫婦の全力疾走が始まりました。 
 
 
はたして、無事にオープンできるのか!? 
看護師からカリスマ店員への華麗な転身!そして子供たちとの新たな生活は・・・? 
 
 
次回、bunga伊達店のオープンまでの軌跡をお送りする予定です!お楽しみに!(引っ張るのお約束) 
 
いきなりですが、ちょっとしたお知らせ。 
 
明日4/18(水)と4/25(水)の10時から、地元ラジオ局、wiラジオさんのプレシャスタイムという番組のコーナーに出演させてもらいました。 
もし、お時間があったり興味のある方は聴いてみてくださいね! 
 
オススメの曲を紹介しました。前向きになれる自分のためのテーマ曲です(笑) 
 
 
 
画像はいつぞやの3姉妹。 
なんかこのサイズ感がすでに懐かしい。赤ちゃんってええなぁ。4人目いくか。 
 





[2018.04.14]
前回のブログはなかなか反響があって、我ながらびっくりしました。 
 
わざわざお店まで来て下さって、励ましのお言葉をもらったり、美味しいパンの差し入れまでいただいてしまったりして。 
 
 
正直、驚きましたがすごく感激しました。 
 
これからも頑張ってブログかいていきますね! 
 
 
今回は3号の出産のその後に関することを綴りたいと思います。 
 
 
 
NICUに入院となった3号。 
 
面会時間になったら、帝王切開の後の痛みにうち震えながら顔を見に通いました。 
 
 
 
小さくて壊れそうな赤ちゃん。 
 
 
 
それでも懸命に生きている、わたしの娘。 
 
 
NICUの中でいちばん可愛いわ。(親バカ炸裂) 
 
 
小児科の主治医をはじめ、NICUの看護師さんの手厚い看護のおかげもあり、保育器の中でモニター管理されていた3号は生後7日目あたりで保育器の中からは卒業できました。 
 
 
わたしは1週間と少しで退院となりましたが、娘はまだ1か月くらいはNICUに入院になる見込みでした。 
 
 
そこからは毎日、室蘭まで面会に行く日々。 
 
 
 
ところで1号と2号ですが。 
 
この3号の緊急出産騒動があり、夫は私が出産した翌日に、我が家の事情を病院のソーシャルワーカーさんに相談してくれていました。 
 
そしてソーシャルワーカーさんはその場で伊達市の保育課へ保育園入園の相談をしてくれたのです。 
 
 
すると「うす保育所なら受け入れが可能」という返事をいただいたのです! 
 
 
こんなに素早く対応していただき、中途半端な時期にも関わらず入所を認めてもらえました。 
 
 
ありがたくてありがたくて、これは頑張って3人を立派に育ててしっかり税金も払わなあかんな、と思いました。(当たり前や) 
 
 
おかげで1号と2号は晴れてうす保育所に入所することができました! 
 
 
それも私の入院中やったので、準備はすべて夫が。 
 
カバンや持ちものなどの子供用品も夫がひとりで買い出しにいって、一時保育の間は毎日のお弁当も手作りしてくれていました。 
 
退院してから、子供たちが保育所に持っていってた持ち物をみると、カタカナで子供の名前がきちんと一つ一つに書いてありました。連絡ノートには日々の様子がちゃんと書いてありました。 
 
 
夫がしっかりと子供たちを、家庭を守ってくれていたことに感謝でいっぱいになり、頭が下がりました。 
 
 
 
私が退院したその日は、すでに家でご飯を作って待っていたのですが、保育所から帰宅した1号と2号はわたしの顔を見たとたん 
 
 
「お母さんや!!!」 
 
 
抱きついてくれました。 
 
 
久しぶりに家族で晩ごはん。本当は5人揃ってるはずやったけどね。 
 
 
 
そこからは、子供らはうす保育所に本格的に通い、私ら夫婦は日中は室蘭まで面会。夫は合間に仕事の日々。 
 
 
1号も2号もいたく保育所が気に入ったらしく「早く行きたい」とまで言うように。 
 
 
 
そして日に日にふっくらと赤ちゃんらしくなってきた3号。 
 
小児科の医師からも「順調です。今のところは発達も大丈夫そう、予定より少し早く退院できそうですね」とお墨付きももらえました。 
 
 
ちなみに、私の状態ですが「胎盤早期剥離」というものでした。 
 
胎盤が剥がれると子宮壁から出血し、血腫が胎盤を圧迫します。そのため、母体のみならず栄養や酸素を必要とする赤ちゃんにまで影響を及ぼす怖い疾患です。 
 
つまり、母娘ともに死にかけてたってこと。 
 
 
考えたらゾッとします。 
 
 
出産したあの瞬間は「私は死んでもいい」と思いましたが、娘の顔を見た瞬間に「絶対に死にたくない」と思ったのです。 
 
 
移住に向けて、妊娠中ですが少し無理をしすぎていました。 
 
そして上の子の妊娠・出産が順調だったこともあり完全に油断しておりました。 
 
もし、妊娠していたり、近くに出産を控えている方がいるのなら、どうか油断はしないで。お産は何があるかわかりません。 
 
 
そんな怖い経験をしましたが、無事に出産しなんとか3号の退院日を迎えることになりました。 
 
 
ここまでくるのにどれだけの人たちにお世話になったか。 
 
京都からきた得体の知れないよそ者に暖かい支援をくださった伊達市の方々。 
 
 
わたし、絶対に1〜3号を立派に育てます。 
 
 
そして、伊達市に移住してきてもらって良かったって言ってもらえるように頑張ります。 
 
 
5人だけど人口を増やしたこと。 
 
起業したこと。 
 
家を建てたこと。 
 
 
まだ恩返しにはなっていないし、まだまだやらなければならないことはありますが。 
 
 
とりあえず、この場でひとこと。 
 
 
「本当にありがとうございました。」 
 
 
さて、3号が無事に退院したその日。 
 
 
保育所から何も知らずに帰宅した1号と2号。 
 
 
3号を抱っこして連れて行くと・・・ 
 
 
「赤ちゃんや!!お母さんのおしりから出てきたん!?すごいすごいすご〜いっ!!!!!」 
 
 
いや、おしりからは出てきてへんで。それ別のもんやわ。 
 
 
 
この日から3号はNICUでのぬくぬくとしたお一人様生活から一転し、年子三姉妹の末っ子としての洗礼をこれでもかと受ける日々が始まったのでした。 
 
 
今日はここまで。 
 
最後まで読んでくださってありがとうございます。 
 
 
画像はさっそく姉2人に挟まれて寝かせらている新生児の3号です。よう潰されへんかったな。 


[2018.04.13]
いよいよシリーズ第5話です。 
 
なんかブログをやり始めてから誰か読んでくれてるのかな、書いて投稿してもただの独り言みたいな、どこか虚無の世界に送り続けているような、ちょっぴり虚しい気持ちになることがあります。 
 
 
が、きっとどこかの誰かには届いていることでしょう。少しでも楽しんでもらえたらうれしいです。 
 
 
さてさて。 
 
 
前回は3人目の妊娠が発覚したわたくし。 
 
出産予定日は夏。 
 
 
まもなく京都のマンションを退去して夏前には北海道へ移住の予定でした。 
 
 
産んでから移住にしようか。 
 
でも、1号2号連れて、さらに新生児も連れて飛行機に乗ってって考えたらゾッとしました。 
 
 
そこで、伊達市でも出産が可能かどうか問い合わせてみることに。 
 
ありがたいことに伊達日赤病院では経産婦についてはお産の受け入れがありました。 
 
いろいろと下調べをして、なんとか伊達市でも出産は可能そうだと判断した私らは臨月前にこちらに移住することを決めたのでした。 
 
 
それからはバタバタと引っ越しの準備。 
まずは京都でのマンション売却にむけて退去の段取り、そして北海道移住までのわずかな期間、京都市内の賃貸アパートに移る準備。 
 
 
妊娠中とは思えないほどのハードな毎日を送っておりました。 
 
 
そしていよいよ北海道に移住する日を迎えたのです。 
 
妊娠9か月に入る前ころだったと思います。 
 
 
関空からひとっ飛び。 
 
 
ついに藤田家は伊達市に移住しました。 
 
 
事前にこちらの賃貸アパートを借りていて、夫が移住の少し前に準備のために伊達へ入って家電や生活用品などはそろえておいてくれました。 
 
 
いよいよ新天地での新しい生活が始まりました! 
 
 
もう京都とは何もかもが違いました。 
 
 
静か、空気がきれい、広い、水道水がそのまま飲める、夏なのに涼しい、ゴキブリがいない・・・。 
 
 
「なにここ天国や」 
 
 
しばらくは子供たちとべったり、伊達市のいろんな場所に遊びにいきました。 
 
 
夫は京都の会社(現在のbungaを運営している会社)の仕事はPCと携帯電話があれば在宅ワークで可能なので、家で仕事を続けていました。 
 
 
いろいろ順調な移住生活。 
 
 
あとは来月の出産に備えるだけ。 
 
 
と、思っていた矢先。 
 
 
「なんかお腹が張ってきた」 
 
 
お腹の張りは度々あったし、臨月も近いしこんなもんかなとあまり深刻にはとらえていませんでした。 
 
でもどんどんお腹が張ってきて、なんか不正出血のようなものも。 
 
 
慌てて病院へ。 
 
 
いろいろ調べてもらうと、 
 
 
「赤ちゃんの元気がありません。すぐにでも対応しないといけません」 
 
 
頭の中が真っ白になりました。 
 
 
「ここでは対応できないのですぐに日鋼病院へ行ってください。」 
 
 
 
そう言われましたが、こっちは二人のチビがいます。 
預かってもらえるような友人や家族はもちろん伊達にはいなくて右往左往しました。 
 
 
それまで私らは時々ですが虹の橋保育園の一時保育を利用させてもらっていたことを思い出し、わらにもすがる思いで連絡しました。 
 
 
「すぐに来て下さい、今からでもお預かりします」 
 
 
本当に救われました。二人の子供をつれて室蘭の病院まで行くことも覚悟しましたが、なんとか夫婦だけで車を飛ばして行くことができました。 
 
 
車中でもどんどんお腹は痛くなってきます。 
 
 
産婦人科につくと、いろいろ診察してもらい。 
 
 
「すぐにでも産まないと危険です。緊急帝王切開になりますので準備しますね」 
 
 
もうここまで来たら腹をくくるしかない、と思いました。でもまだ正期産の時期やなかったし、赤ちゃんは大丈夫なんかな、という不安。 
 
 
「もう引き上げないと子供らのお迎えに間に合わへんし帰るで?」 
 
 
夫は一時保育に預けている子供たちの迎えの時間となったため先に帰ることに。 
 
 
手術室に入る直前の廊下で「じゃあね、頑張って」と見送られ、ひとり手術室へ。 
 
 
今までに感じたことのない恐怖と不安。 
 
 
頼れる人はいない。 
 
 
なにかあっても一人で受け止めるんや。 
 
 
溢れそうになる涙を必死にこらえて手術に臨みました。 
 
 
数10分後、医師から「おめでとうございます。」と声をかけられました。 
 
 
が、産声は聞こえません。 
 
 
 
わぁーっと小児科の先生などが来てなにやら処置をしています。 
 
 
もう生きた心地はしませんでした。 
 
 
「うちは死んでもかまへんからこの子は助けたって、お父さん、お母さん」 
 
 
心の中で叫びました。 
 
 
すると 
 
 
「ふえぇっ・・・」 
 
 
と、本当に小さな小さな産声が聞こえました。 
 
 
 
小児科の医師が我が子を抱いて連れてきてくれました。 
 
「赤ちゃん、可愛い女の子です。ちょっと小さくて目が離せませんのでこのままNICUでお預かりしますね」 
 
 
ほっとして、そして不安がまた襲ってきました。 
 
 
手術室を出て、病室に戻ると看護師さんが教えてくれました。 
 
「ご主人からたくさん連絡がありましたよ、ご無事だということしっかり伝えましたからね。」 
 
 
ひとりになるとワンワン泣けてきました。 
 
 
麻酔のせいかひどく眠たくて、夢なのか現実なのかわかりませんでしたが、泣いていました。 
 
 
翌日の朝、夫が会いに来てくれました。 
 
 
「よく頑張ったな」 
 
 
「頑張ったのはわたしやなくて赤ちゃんや」 
 
 
3号はNICUでひとり頑張っていました。 
 
 
これからどうなるんやろ。 
 
でも私がしっかりせんと。 
 
いよいよ北海道伊達市での3人子育てがはじまる。 
 
いや、はやく3人の子供と家に帰りたい。 
 
祈るような日々がはじまりました。 
 
 
今日は(今日も?)ここまで。 
 
もしよければまた続きも読みにきてくださいね。 
 
画像は産まれて数日後の3号です。ちっちゃい! 


[2018.04.11]
さてさて。ついにシリーズ第4話。 
 
だれもシリーズ化は求めてないって? 
 
今日は前回の続きを。 
 
 
伊達市への移住を決めて、始めたのは土地探し。理想とする場所を探すため、日夜インターネットを使って売り土地をあさる日々。 
 
 
そんな折り、「ここめっちゃいいんちゃう!?」と夫が興奮気味にとある土地の画像を見せてくれました。 
 
そこは、目の前が牧草地で、土地は広く、そして古いながらも住居付き。 
 
それが破格の安さ。なんかあるんと違うかと思うくらいの安さ。 
 
周りに建物がないこと、庭が広いことが条件の藤田家の理想にぴったりの場所でした。 
 
「俺、ちょっと見に行ってくる!」 
 
まるでコンビニ行くくらいのノリで飛行機でひとっ飛び。 
 
夫は再び北海道伊達市へ土地を見るために旅立ったのでした。 
 
伊達についた夫から電話がかかってきて、 
「もうここ理想的すぎる。家はフルリフォームすれば大丈夫やし、ここにするわ」 
 
その日のうちに契約、わたし京都にいながら伊達市の土地オーナーになってしまいました。 
 
 
 
そして、そんな最中に私の体調には異変が起きていたのです。 
 
 
 
なんか風邪っぽい。食欲もないし。 
 
 
あ、なんかご飯の炊けるニオイが気持ち悪い・・・。 
 
 
この感じ、知ってる。身に覚えがある。 
 
 
「おめでとうございます。2ヶ月です!」 
 
 
そう、まさかの、ほんとにまさかの三人目の妊娠発覚でした。 
 
また年子や。ついこないだ妊娠・出産したっばかりやのに。 
 
ここ最近で知り合った人は「あの人いつもお腹大きいな」って思われてるやろな。 
 
1号を妊娠したときは「やった〜!できた!」という予想外の喜びがありました。 
 
2号を妊娠したときは「・・・え、こんなすぐ妊娠てするんですか?」という予定外の驚き。 
 
3号にいたっては「・・・冗談やろ」事故にでもあったような感覚。すまん3号。 
 
 
 
北海道から戻った夫に伝えました。 
 
 
 
 
「・・・へぇ。」 
 
 
「へぇ」って!!!! 
 
 
他人事!!! 
 
 
「夏には北海道で、藤田家は五人組か。」 
 
 
SMAPか嵐か、いやドリフタースか。 
 
 
五人体制やわな。まぁ、そやねんけどさ。 
そういうことやなくてさ。 
 
 
 
「あっちで産むか・・・」 
 
 
 
そう、予定していた移住のタイミングと出産のタイミングがばっちり重なったのです。 
 
 
そこからが怒濤でした。 
 
 
ほんまにほんまに濃い濃い1年となるのです。 
 
 
次回の予告。 
「北海道で母子ともに生命の危機!?無事に新天地で出産できるのか!そして家づくりや仕事は・・・」 
 
次回はハラハラドキドキの展開が待っています。最後には全米も泣きます。 
 
ってまた引っ張るんかいっ!!! 
 
ではお詫びにいつぞやの1〜3号をお送りします。1号と2号は頭にパンツ被ってます。なにしとんねん。 
1号はさらにセクシーポースなんが腹立つ。 


[2018.04.09]
またまた前回からの続きです。 
 
これまでのあらすじを・・・いらんて?ほな続きをいきます。 
 
 
二日目、SUDOホームさんの事務所にお邪魔してお話をうかがいました。北海道の家づくり、すごいです。 
そして、SUDOホームの建てる家の素敵なこと!北欧っぽい暖かい雰囲気もあり、都会的なセンスもあって夫婦とも好きな感じでした。 
 
SUDOホームさんのはからいで、伊達市に移住されて家を建てられたご夫婦をご紹介いただきました。 
 
また、その方たちのお暮らしが素敵!! 
 
お庭にはたくさんの花や野菜、家の中はものすごく快適で(クーラーなしでも涼しい) 
 
いろんなお話を伺って、移住するには伊達市ちょうどいいんかもしれんな、と思うようになりました。 
 
一応、病院や学校もあるし田舎すぎず都会すぎない感じ。 
 
わたしらは、別に自給自足とかしたいわけやないんで。 
 
よく田舎暮らしというと、スローライフというような言葉が聞かれるんですが。 
 
私ら家族は田舎でのんびり暮らしたいのではなく、環境を田舎に変えて生活は普通に、仕事してお金稼いで子育てして。 
 
京都にいる友人からは「薪割りとかすんの?」「川で洗濯とか?」「電気とか水道とかあるん?」なんて聞かれたこともあります。 
 
 
北海道移住やからってみんな黒板五郎みたいな生活したいわけちゃうよ!! 
 
 
伊達市はちょうど良い田舎感があって藤田家には暮らしやすそうだと思ったのです。 
 
京都にいたころはマンション暮らし。 
 
家のすぐ前は大通りで、それでいて阪急電車の線路も近くにありました。排気ガスがバンバンで、ベランダの手すりは真っ黒に。窓を開けたら救急車の音がしょっちゅう(近くに大きな病院が数カ所あった)して窓なんか開けれない。 
 
 
SUDOホームさんの家は快適で、こんな素敵な住宅がここ伊達市で建てられたら素敵やなぁ、とすっかり夫婦とも魅了されたのでした。 
 
 
そんなこんなで2泊3日の伊達での旅行も終盤に。 
 
最後は伊達市内をくるくる回って良さそうな土地はないか偵察に。 
 
夫と話しました。 
 
「うちらやったらどこでも仲良くやってけるよな」 
 
 
京都のマンションを売ってここに移住することを決意したのでした。 
 
 
京都に戻り、さっそくマンションを売りにだしました。あれよあれよという間に買い手が見つかり、数ヶ月先にはマンションを手放すことになりました。 
 
とりあえず伊達市では賃貸物件を借りよう、ということになっていろいろと手続きなどをすすめていました。 
 
 
が、このあといろいろ予想外のことが起きるのです。 
 
 
それはまた別のお話で。 
 
 
また引っ張るんかーいっ!! 
 
お詫びにいつぞやの2号とわたくしの画像をお届けします。(いらんって?) 
なんだか若いわ、わたくし。いってもまだ3年ほど前になるんですが。・・・現在の自分、太ったな。 

 
また続き、書きます。よければ読みにきてください。 
[2018.04.06]
前回の続きをかこうと思います。お待たせしました。(誰も待ってへんて?) 
 
 
どこかうちらの生活にぴったりとくる土地はないものか。いろいろ情報収集する日々が始まりました。 
 
 
まず、私も夫も暑いところがダメ。京都は死ぬほど暑いです。THE盆地。すごくイヤな暑さ。 
 
そして夫の趣味、スキー、釣り、ゴルフ、木工、ギター、車いじり・・・。 
 
わたしの趣味、特になし(笑)でもガーデニングなんかに興味あり。 
 
夫の趣味は京都のマンション暮らしでは満足にできないものばかり。せいぜいゴルフとギターくらい。 
 
 
実は私ら夫婦は結婚前に初めて行った旅行先が北海道でした。札幌や小樽のベタな観光地をまわっただけなんですが。 
 
それがすごく楽しかった。付き合いたてっていうのもあり、とても素敵な思い出になっていました。 
 
 
そや、北海道や!!!! 
 
 
スキー、ゴルフ、釣り、木工、ガーデニング 
全部ここに住んでたらできるんちゃうか!!!! 
 
 
そんなひらめきから夫のCIAも顔負けの情報収集が始まりました。 
 
インターネットを使ってあれやこれやと北海道の移住先候補を探す日々。 
 
そんなある日、「移住 北海道 ってやったら伊達市ってのがけっこうヒットするねんけどさ、雪も少ないらしいし雪国初心者にはいいんちゃうか?いっぺん行ってみよか?」 
 
こんな感じで北海道伊達市への旅行が決定しました。 
行き先は洞爺湖温泉! 
 
たしか9月頃やったと思います。移住先候補を下調べするため、1号2号を連れて(まだ3号は生まれてません)飛行機で飛び立ちました。 
 
 
千歳空港から伊達市まで移動し、その意外な近さに移住へのポイントが加点されました。 
 
さっそく向かったのは伊達市役所の移住課?みたいなところ。 
 
 
「うちら家族でこっちに移住を考えてるんです!」 
 
けっこうな勢いでいろいろ質問しましたが、担当の方はていねいに対応してくださいました。1号と2号の子守までしてくれて。 
 
これで移住へのポイントがさらに加点されました。 
 
で、さっそく宿泊地であり楽しみにしていた洞爺湖温泉へ! 
 
初めてみた洞爺湖。その青くて美しい湖面、素敵な風景にすっかり心をつかまれました。 
「琵琶湖と比べもんにならんな」と夫。 
(京都人あるある=滋賀県の琵琶湖をよくディスる) 
 
移住へのポイントさらに加点され、お宿へ。万世閣さんに宿泊したんですが、ここもすごくよかった。 
 
優しくて気の利くスタッフさんばかりで小さい子連れの旅行でも安心でした。 
 
ただ、予想外に海外とくにアジアからの旅行者が多くてびっくり。 
京都にいたときもそこかしこに観光客がいて、市バスなんか乗るのにすごく苦労していましたが、北海道でもなんか似たような空気を感じて、初めて移住へのポイントが減点されました。 
 
旅行2日目は、京都にいたときからホームページを拝見し資料も取り寄せて「いいなぁ」と思っていた建築会社が何軒かありました。 
 
伊達市での家づくりの相談に、今回はSUDOホームさんへお邪魔しました。 
 
 
今回はここまで。まだ引っ張ります。 
いい加減、怒られそうや。すんません。 
 
またよければ読みにきてください。 
写真はおまけ。 
いつぞやの1号。めずらしく可愛く写真に収まってくれたので記念に。(なんの?) 


[2018.04.04]
今日もなんだか寒いしすっきりしないお天気でしたね。 
京都はぽかぽか陽気で日中は店舗のドアをフルオープンにしているみたいです。 
 
信じられへん。 
 
 
真冬の寒さより、この時期のこの寒さの方がなんかこたえます。いつまでも肌寒いこの感じ。 
 
 
もう少し暖かくなったら行きたいとこ、やりたいことがいっぱいあります。 
 
せっかく北海道にきたんやもん。 
 
 
広〜い牧場なんかで思い切り遊びたい!! 
 
広々した場所に行くと「わぁ〜こんな広いところでのびのび遊べるなんて贅沢やなぁ」としみじみ感じます。 
 
 
そんな北海道、ここ伊達市に移住してきた経緯などを少しお話させてください。 
 
 
生まれも育ちも京都のわたしと夫。 
 
京都のころは別々の仕事をしておりました。 
 
ひょんなことから出会い、結婚にいたったのですが。 
 
実は夫と結婚してほどなく私は父親を亡くしました。その2年ほど前に母親も逝去したばかりでした。 
 
そして、父を亡くした時、お腹には1号がおりました。 
あまりに急な両親の死と初めての妊娠・出産もあり、ただ慌ただしくて悲しむような暇もなく日々が過ぎたことを覚えています。 
 
 
そして1号が生まれて、その1年後に2号を出産しました。 
 
そしてそして、なんと今度は夫の母親が末期がんであることが判明したのです。 
 
 
さらっと書いてるけどけっこうドラマチックやな、うちの人生。 
 
 
義母はしばらく療養しましたが、ほどなくして他界しました。 
 
 
 
 
京都にいるときの方が、都会やったしなんでもありました。 
モノはすべてそろっていたし便利でした。 
 
独身のころは週末になると繁華街へ行ってショッピング、カフェで新作のスイーツ食べたり、映画みたり。 
夜は何軒も吞みにはしごしたりして。 
 
で、結婚してからは、子供らのためにショッピングモールの中の屋内遊具やテーマパークなんかに出かけて。 
 
そろそろお義母さんも年やし、2世帯でもいいし一戸建てがほしいな、と思って京都市内の目当ての場所で土地探しをしていた矢先の義母の他界でした。 
 
 
 
ふと思いました。 
 
 
もううちらには「親の世話」という漠然と考えていた未来がない。 
 
 
うちら夫婦は「人はいつか死ぬ、意外とあっさりと」ということを痛いほど知っていました。 
 
 
このまま京都で身の丈にあった土地で我慢して狭い狭い家に家族で暮らすの? 
 
 
やりたいことなかったっけ。 
 
 
広いところでのびのび子育てしたい。庭造りもしてみたい。 
趣味の木工やスキー、釣りにゴルフ。できる環境がどこかにあるんと違うか。 
 
子供らは遊ぶとこ少ないからどうしても室内遊びが多いし、やのにこんな狭い家にアホみたいに高いローン。それを払い続けるために仕事して。 
 
たしかに便利やし刺激もいっぱいあるのが都会やけど、消費ばっかりしないと得るものがないというのは悲しすぎる。 
 
 
なぁ、どこか自分ららしい暮らしができるとこ探さへんか? 
 
 
これがまず、田舎暮らしを考えたきっかけでした。 
 
 
今日はとりあえずここまで。 
 
また続きは次回のブログにかこうと思います。 
 
誰も興味ないから引っ張るなって? 
 
 
引っ張ります(笑) 
 
よければまた読みにきてくださいね♪ 
[2018.04.02]
今日は1号と2号の初登園。保育部門は4月頭からから開園してくださっていて働く親としてはとてもとてもありがたい。 
 
で、今日は慣らしなので午前中には帰ってくるはずだった。 
 
 
ところが、すでに別の保育所で集団生活はすっかり板についてる1号と2号。 
先生から連絡があって「楽しそうに遊んでいるのでお迎えは給食を食べてからでもいいですか?」 
 
ふと時計をみるとお迎えまであと二時間は余裕がありました! 
 
 
子供らの昼ごはんの用意もしなくちゃ、と思ってたのでそれからも解放されてしまいました! 
 
 
いやっほ〜い!! 
 
 
本当に久しぶりのお休みをもらった感じです。 
 
 
他人に子ども預けて遊んでるな、とか怒られたりしそうです。 
 
 
 
が、 
 
 
 
あえて声を大にして言わせてもらいます。 
 
 
 
 
 
たまに育児を休むことの何が悪いんやと。 
 
 
 
 
お母ちゃんの一休みはマラソンの給水くらい大切な大切な時間なんや! 
 
 
わたしはこの二時間で自分のためだけにごはん食べて、誰にも遠慮せずテレビみて。 
 
 
 
お母ちゃん、これだけで明日からまた頑張れる。 
 
 
 
フランスでは子供のいるお母さんには美術館や映画館でサービスがあるんやと。 
 
それは子育て中のお母さんこそ美しいものなどに触れて、楽しめる心のゆとりがないといけない、という風潮があるからだそう。 
 
 
たまにはお母さんという役割をひとやすみして。 
また明日から一緒に頑張りましょ。 
 
 
bungaはそんなお母さんたちの強い味方でいたい。 
いっぱいおしゃれして楽しめる心のゆとりをどうかすべてのお母さんに!! 
 
 
こんなうれしいひと休みをくれた子どもたちに感謝です。 

 
 
また明日からがんばります。 
 
 
 
今日のブログ。真面目か。 
[2018.03.31]
昨日の晩ごはんの時のこと。 
 
 
昨日はおかずの一品に納豆がありました。藤田家、関西人やけど納豆好き。 
 
 
特に2号が無類の納豆好き。 
 
毎日でも食べたい人で、夫からは「納豆ジャンキー」と呼ばれております。 
 
 
昨日は1パックしかなかった納豆。半分は2号のご飯にのせて、残り半分は夫が辛しを混ぜて自分のご飯に乗っけました。 
 
 
最近は納豆よりふりかけ派の1号なので、問題ないと思ったのですが。 
 
 
1号「わたしのは?」 
 
 
 
「え、もうないで」と言ったら最後。 
 
 
 
「納豆ずるい〜〜〜っ」 
 
 
大泣き。 
 
 
 
「わたしの納豆は!?納豆〜〜っ」 
 
 
あまりのうるささに2号に分けてやんなさいと促すと 
 
 
「いいよ」 
 
 
ってくれたんはスプーンの半分にちょっとのほぼ米な状態の納豆。 
 
 
 
「いけずぅーーーーっ!!!」 
 
 
収拾不可な不毛な納豆をめぐる争いが勃発。 
 
 
あまりにギャースカうるさいので夫が叱ってくれました。 
 
 
「うるさい!もう食べんでいい!!」 
 
 
・・・シーン 
 
 
 
しかしその時の1号は前髪をちょんまげスタイルにしていたこともあり、 
 
 
夫「納豆みたいな顔して!!」 
 
 
 
 
一同が爆笑で終了。 
 
 
 
 
1号は結局、ふりかけかけて食べてました。 
 
3号にも納豆あげるの忘れてましたが、ふと見るとごはんにお味噌汁をぶっかけておりました・・・。 
 

 
 
納豆ひとつでわちゃくちゃにもめる姉妹ですが、いつも一緒。 
 
4月からは2人で新しい幼稚園に行きます。 
 
 
いつまでも仲良くね!1号2号!あと3号のこともよろしく頼むよ。 
 
 
「お母さん、今日は絶対に納豆買っておいてね」 
って言われたので帰りに買ってかえります。 
 
 
ではでは。 
[2018.03.29]
お豆戦隊 ビビンビーン 
 
 
 
ご存知ですか? 
 
 
いきなりなんやねん、ですよね。 
 
 
これです、これ。教育テレビで放送中の「おかあさんといっしょ」に出てくる人気キャラクター。 

 
 
ただのお豆やけど、正義の味方感をすごいだしてくる奴ら。 
 
♪ビンビンビビビン ビビンビ〜ン 
 
 
歌って踊れるお豆戦隊にもう夢中なわたし。 
機会があったら動画とか見てみてください。 
 
 
子供らもこれがNHKから流れたら 
 
「あ!!お母さんの好きなやつ始まったで!!」 
 
 
と教えてくれるほどに。 
 
 
ノリノリになって3姉妹と朝から踊り狂う三十路。 
 
 
♪お豆の夢はなんだい? 
♪わたしあんこになりたいの〜♥♥ 
 
 
こんな歌詞もでてきて大人でも楽しめる感じになってますよ。 
 
今朝はコンサートバージョンがやってて3号と鑑賞してきました。 

 
 
あ〜、わたしもお豆戦隊に負けず夢を追っかけて今日も頑張らんとあかんな。 
 
 
朝からお豆に励まされ、勇気づけられました。 
 
 
あ、今夜のおかずは「大豆とひじきの炊いたん」に決定。 
あと、春っぽく豆ご飯も。 
 
晩ご飯のインスピレーションまでもらってしまいました。 
 
 
 
なんのこっちゃ。 
 
ではでは〜 
プロフィール
京都育ちのセレクトショップ。bunga
京都育ちのセレクトショップ。bunga
2002年、京都に誕生したセレクトショップbunga。おかげさまで京都で3店舗、そして4店舗目はなぜか(?)北海道伊達市となりました。 
京都から家族で移住しはや2年。この町で、おしゃれすることのHappyを届けられればええなぁ、と思っております。よろしくお願いいたします。 
 
instagramやってます。@bunga_date 
 
 
株)キョウトアパレル 
代表 藤田 博 
bunga伊達店 スタッフ 藤田晶子 
 
ブログは主に藤田晶子(妻)が担当しております。夫もたまに登場するかも。 
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